【5つ数えれば君の夢/書き殴りメモ】

東京女子流主演の映画「5つ数えれば君の夢」を大分に3時間かけて観に行って参りました(疲れた…)
今回で4度目か5度目の鑑賞。
ここまで来ると何と言っているのか分からないセリフはほとんど無くなってくるw(本当に聴き取り難いセリフの多い映画だが、そのお陰で聴き取ろうと一層集中力が上がる映画でもある)
今回感じたことをサラっと書き置きたい。
この映画の主人公はサク(山邊未夢)だが、この映画を体現してるのはミチル(中江友梨)だと思った。
ミチルが何を語りどういう表現をしているかがある種のメッセージになっていると感じた。
端的に言えばミチルの抱えている物は閉塞感・壁。
彼女に対し全く同じセリフが2度言われる
「女の子なんだから」 と。
ミチルはそれを超えたかった。女社会の頂点に立ち、男社会でも認められたかった。
だけどリコ(新井ひとみ)に「時々、内側と外側の境界線が無くなることってない?」(言い方変えてます)と問われ「それは気が狂うって事だよ」とミチルは答える。
つまりミチルの中で強く願っていることは、気が狂うようなことなのかもしれない、と。またミチル自身(なりたくなかったはずの)男社会的発想が身に付いてしまっていたのかもしれない。
ミチルは兄に最後「君は一生僕には追いつけない」と宣告される。
そしてミチルは女社会である体育館へと戻っていく…
サクも同じく女子校カーストのヒエラルキーの底辺で苦しんでいた。
それをリコに「自分は自分でいいじゃん」「他人があなたの心を決めるの?」「サクはいいよ。来なくて。君は花壇の中で生きなよ」と一喝された事で変えられた。
自分が大切にしていた物(花壇の花)を一度切り捨てて初めて自分が好きだった別の物が見えた。
そしてサクは変わる。
それも花壇を捨てずに、花壇の中から外の世界に向けて発信する事が出来た。
それを見たミチルは微笑む。
つまりミチルも悟ったのだ。
自分が今いる場所からでも外側に発信できるのだと。
だから最後のシーンは心底希望で輝き、私は涙が止まらないのだ。
2014.7.15
備忘、備忘、あ〜備忘
moRomoRoQma
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